2018.08.24 FRI - 日記
元不登校児が不登校時代を乗り切れたのは何故かを考えてみた。認めてくれる大人、話を聞いてくれる友人、新聞配達、の3つだった。
学校教育が個性を潰す、自主性を潰す、だから人は挑戦が出来無くなる、という話をよく聞きます。私にとってはそれが多分そうなんだろうなあ〜くらいの実感しかない。なぜなら、小学校高学年の頃から学校に週1〜2回行かなくなって、中学校は2年と11ヶ月不登校、高校は通信制高校なので週1日くらいしか通学しなかったからです。でも自分で大学に行って就職もして起業もしても13年以上経営してます。
こんな風に書くとステレオタイプ的に特に根拠もなく「学校教育が個性を潰す、自主性を潰す、だから人は挑戦が出来無くなる!今の学校教育許すまじ!」と言ってしまいそうになります。でも、それもある程度分かるのですが行ってないから正直分からない。だから現時点ではそう叫ぶことも出来ません。苦しんでる子ども達がいるのは凄く分かります。
次に私が絶対言いたくないのが
俺だって不登校児だったけど今は頑張ってる!
という意見です。これは苦しんでる子ども達を更に追い詰めると思います。私は母子家庭でいじめられっ子で不登校児でしたが、こういう人間がちょっと成功すると「お前らも出来るから頑張れ根性論」に陥りがちです。これは嫌です。なぜなら私が通過してきた人生と、今苦しんでる子ども達の人生は別で色んな要因があるから一緒に語るのは乱暴だからです。
それはまるでかつて松下幸之助が電球作って成功したから、ビジネスで成功したいなら電球作れ!と言うくらい乱暴です。状況も時代も違います。ヤク中だけど素晴らしい作品を作るアーティストや歌手がいたとして、素晴らしい作品作りたいならヤク中になれ?そんなバカな話は無い。しかし、人は往々にしてそういう意見を言ってしまいがちで、なおかつ信じてしまう場合もあるのです。それは恐い。
とはいえ、私が子どもの頃に学校に行かなくてもストレートに地元の公立大学に進学できたのは何故なのだろう?そして大学で不登校にならなかったのも何故なのか、世間から見ればスムーズに社会復帰(この表現は嫌ですが)出来たのは何故なのだろうか?という事を考えました。
それはやっぱり
無理して学校に行かなくていいよ
と認めてくれた大人が少しだけいたからです。あと友人の存在も大きい。不登校をはじめた時に殆どの大人達、児童相談所、親戚、学校の先生、クラスメイト達が私を病気扱いして「学校に行こう!有高君ならその病気を克服出来る!」と押し寄せてきました。
クラスメイト達が5人くらい家に押しかけてきて、鍵をかけて閉じこもってる私の部屋の扉をドンドンドンドン全員で叩いて「学校に行こう!」と叫ぶのは本当に恐怖。次に、親戚が集まって大人達が「何故お前は学校に行かないのか?」と責め立てられるのも本当に辛い思い出です。学校の先生は「学校に来たら勉強を教えてやる」「学校にいけ」しかいいません。
そんな中で本当に数人だけの大人が
無理して学校に行かなくていいよ
と認めてくれました。最初は戸惑っていた母親もそっち側に回ってくれたことが大きいです。有高は有高の好きな人生を歩めばいい、私が何を言ってもある意味仕方ない。自分の人生を生きればいい、と今思えば母親も疲れてそういったのかもしれませんが、その態度を貫いてくれたことは私にとってかなり助けになりました。
次に、児童相談所ほど固い組織ではないのですが市の施設で地元の中学校や高校の校長先生や教頭先生が定年退職した後に5年くらい勤める「不登校の子ども達を受け入れる何でも相談所」みたいな所があって、そこの所長さんが
無理して学校に行かなくていいよ。有高君は賢い、勉強が出来る。読書もしてる。ゆくゆくは出世するよ。
と言ってくれたのも大きかった。私は中学校から通信制高校に行った6年間その施設に毎週のように自主的に通いましたが、非常に楽しかった。そこでスーパーファミコン持ち込んでゲームをやって、勉強やりたいときはやっていました。わからないことがあればその施設の元校長先生や教頭先生に聞けば教えてもらえます。そんな風に言ってくれたのは私が当時から大人が読むような小説など難しそうな本を読んでいたからなのかもしれませんが、とにかく助けになるところでした。
次に、中学校不登校時代に毎日通ってくれる友人がいました。彼は普通に学校に行っていたのですが、学校が終わってから夕方くらいに彼が飼ってる犬の散歩をしながら毎日私の家を訪ね、用事が無くてもピンポンをならし「おーい。あそぼうよ〜」と声をかけてくれます。犬の散歩に付き合うこともあれば、家の前の土手で座ってたわいないお喋りをしたりするだけの毎日30分程度下。
当時は何とも思わなかった事ですが、これ、凄くないですか?私の記憶する限り365日、3年間毎日ですよ。流石に彼が親戚の家に帰ったりする時は来ませんでしたが、これは私にとってとても救いになっていたと思います。
そして、最後にこれは自分でやったことですが新聞配達を中学校不登校時代から始め、大学受験が本格化する高校三年生の夏まで続けたことも大きかったと思います。月に中学校の頃は3万円ほど。高校生の頃は5万円朝4時30分に起きて新聞配達を続けていました。これによって私は自由になるお金があり、アニメゲームマンガを買いまくれました。
今、自分の不登校時代を振り返って「これのお陰で助かった」と言えるのは
1 認めて応援して見守ってくれた大人が少しだけいて勉強も教えてもらえた
2 友達がいた
3 自由になるお金があった
じゃないかなと思います。見守ってくれる少ない大人、少ない友人、自由なお金を稼げた、これって子どもだけではなく大人にも必要な事ですよね。自分を応援してくれたり認めてくれる大人、話を聞いてくれる友人、そして経済的な自立、これは子どもだけじゃなくて大人にも必要な事です。
私は学校に行ってないので学校教育がどれだけ恐ろしいか、というのはよくわかりません。しかし苦しんでる子ども達がいる。その人達に「俺も不登校だけど頑張ったぞ!」というのはあまりにも暴論です。さっきも書きましたが、私と今の子ども達は歩んでる人生がそれぞれ違うからです。
それでも、これがあったから自分は助かったよ、というのは今を苦しむ子ども達やその親御さん達に少しでもヒントになるかな?と思って書きました。
文部科学省は下記のように不登校自体を問題行動としてはいけない、と書いています。
不登校とは,多様な要因・背景により,結果として不登校状態になっているということであり,その行為を「問題行動」と判断してはならない。不登校児童生徒が悪いという根強い偏見を払拭し,学校・家庭・社会が不登校児童生徒に寄り添い共感的理解と受容の姿勢を持つことが,児童生徒の自己肯定感を高めるためにも重要 であり,周囲の大人との信頼関係を構築していく過程が社会性や人間性の伸長につながり,結果として児童生徒の社会的自立につながることが期待される。とは言え、子ども達は苦しいでしょうし親御さん達からすると「でも、うちの子どもはどうなるの?」と心配でしょう。そんな中で元不登校児である私の事例を見て「あの人も頑張ってるからお前も頑張れ」と言われるのも嫌だったのでこれを書きました。
引用元 不登校児童生徒への支援の在り方について(通知)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1375981.htm
そして、少しでも私が助かったように子ども達に記事を通してですが
学校に行けなくなった自分を責める必要はない
ただ、勉強はした方がいいよね
でも自分でそれも決めたらいい
と言う言葉を伝えたいです。最後の写真は去年、東京大学で学校の未来、不登校について語った時の舞台裏です。講演前に壇上で椅子で遊んでました(笑)今見るとちょっと太ってるな。こんな風に遊べる子どもが増えて欲しいですね。
認めてくれる大人もいない、話を聞いてくれる友人もいない、お金も無い、そんな子ども達がいっぱいいると思うから少しでも助けになれたらと思って記事を書きました。
参考ブログ
不登校自体は問題行動ではない!という文部科学省の発表を読んで。子ども達へ元不登校児から伝えたい言葉
不登校自体は問題行動ではない!という文部科学省の発表を読んで。子ども達へ元不登校児から伝えたい言葉
清水有高プロフィール
清水有高プロフィール
スパム防止のためにFacebookの友達申請は記事にイイネ!してくれてその上で友達申請してくれた人に私が申請するようにしています。
清水 有高Yukou Shimizu
ビ・ハイア株式会社 代表取締役
一月万冊 清水有高(しみずゆうこう)滋賀県出身。元不登校児、母子家庭育ち。ビ・ハイア株式会社代表取締役。滋賀県立大学人間文化学部卒業。ベンチャー役員、上場企業役員などを経験しコーチ、投資家、経営者として活動中。東京大学を始め各種大学でも講演多数。コーチングと読書を経営に活かし営業利益1億円以上、自己資本比率70%の会社を経営。8年間でスタッフ1人あたりの営業利益を100倍以上にする。
新着記事
-
2020.03.04 WED
-
2020.02.24 MON
人気ランキング
-
2016.05.05 THU
-
2016.05.22 SUN
-
2017.07.18 TUE
-
2014.04.10 THU
-
2014.12.10 WED